大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)3155号 判決

裁告人 坂田実

〔抄 録〕

論旨第一点について。

原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人は昭和三十年七月二十一日十円区間乗車券を購入しただけで、東京から山手線で新宿に赴き停車中の松本行準急行白馬号に乗つてみたり、或は山手線で秋葉原に引返して浅草橋へ行つたりして、その後再び東京駅へ来り十三番ホーム御殿場行列車に乗つたが、次いで十五番ホームの門司行列車に乗りかえる等不審な行動が多かつたばかりか、門司行列車に乗つたのは世田ケ谷区の友人を訪問するため品川で下車するものと供述しているけれど、わざわざシャツを脱いで洋服掛にかけ、列車が進行中煙草を探す風をして自分のシャツと共に釘にかかつている杉村武の開襟シャツのポケットに触つている事実があり、更に被告人が品川附近で下車する気配が見えたので、それ迄尾行していた警察官小林利安が近づいて訊ねたところ、杉村の開襟シッツのポケットに入れてあつた百円札が失くなつていた事実が認められる。而して被告人が何のあてもなく正規の乗車券がないのに、いろいろ列車に乗つてみるような事が被告人弁解の如く映画俳優としての職業上科白を暗記する為に行われたものとは認められないし、証人杉村武の証言では、百円札はその直前まで確に開襟シャツのポケットに存しており、ポケットの覆もあるから風で吹き飛んだような事実がないこと明らかで、しかも被告人は逮捕された直後司法警察員に対し、「洋服掛の開襟半袖シャツから物を取ろうとして手をかけた」旨供述しているのであるから、叙上事実関係の下に於ては被告人が右百円札を窃取したものと認定すべきである。成程、被告人が開襟シャツに手をかけたというのみで百円札を取つたとの直接証拠はない。又取られた百円札も発見されていないことは所論のとおりである。しかし被告人が前記小林利安に咎められるまでに短時間とはいえ、下車の支度をするなどの余裕もあつたし、窃つた百円札を人知れず捨ててしまう機会がなかつたわけでないことは上記の証拠上明白であると同時に、被告人の行為直前にシャツのポケット内に現存した百円札が被告人が右シャツに触れて後に失くなつていた事実から、被告人がこれに触り、これを手中に収め以て自己の実力支配下に置いたものと認定しても経験則に反するわけではなく、右百円札を被告人の身体から発見することができなかつたことから、被告人がこれを窃取した事実を認定することが不可能になつたとはいえない、原審が右と同一見解の下に被告人の所為を窃盗の既遂としたのは正当で、それが事実を誤認したものと主張する論旨は理由がない。

(近藤 吉田作 山岸)

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